ヴェルサイユの花 ~Fleur de Versailles~                         

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2010年 11月 02日

マリー・アントワネットの誕生日 


今日はマリー・アントワネットの誕生日です。

- Le deux-cent-cinquante-cinquième anniversaire de la naissance de Marie-Antoinette -
生誕255周年です。


今から255年前の今日、11月2日午後7時30分
父フランツⅠ世と母マリア・テレジアの15番目の子供として
ここ、オーストリア・ウィーンのホーフブルク (Hofburg = ドイツ語で王宮) にて誕生しました。



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生まれた日の翌日、マリア・アントニア・ヨセファ・ヨハンナ (ドイツ語読み) と名付けられました。


マリア・テレジアの娘たちは聖母マリアにあやかり、ファーストネームは全員マリアです。


ちなみにフランス語読みだと、マリー・アントワネット・ジョゼファ・ジャンヌ です。 (周知のとおり)


マリア・テレジアとフランツⅠ世の間には16人の子供 (男子5人、女子11人) が生まれました。
うち、成人したのは男子4人、女子5人。


「子だくさん一家 (貧乏定説・ヤンキー多し) 」 番組なんぞを見ると
一日洗濯機は3回はまわす、お米は何キロ(?)炊くなど (どーでもいい)
そして食事中の風景はとても微笑ましいとはいえないような光景が
目に飛び込んできて、ゲンナリしていまいます。


比べるのもなんですが、天下のハプスブルク家
基本的に 「寝食」 そして洗濯(笑)の心配など皆無なわけですから (いいね)


「幸せなオーストリアよ。戦争は他国に任せ、汝は結婚せよ」


の言葉通り結婚政策により領土拡大を実現させていったハプスブルク家。
しかし、マリア・テレジアの両親が嫡男に恵まれなかったこともあり
二人は子作りに励んだというわけです。



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アントワネットが誕生した当時、彼女の兄姉たちには

マリア・アンナ (アントワネットより17歳上)
ヨーゼフⅡ世 (14歳上)
マリア・クリスティーネ (13歳上)
マリア・エリーザベト (12歳上)
カール・ヨーゼフ (10歳上、アントワネットが6歳のときに死亡
マリア・アマーリア (9歳上)
レオポルトⅡ世 (8歳上)
マリア・ヨハンナ・ガブリエーレ (5歳上、アントワネットが7歳のときに死亡
マリア・ヨーゼファ (4歳上、アントワネット12歳のときに死亡
マリア・カロリーネ (3歳上)
フェルディナント (1歳上)

がいましたが、彼女が生まれた1年後には弟マクシミリアンが誕生しています。



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アントワネットが最も親しかったといわれる3歳上のマリア・カロリーネ、
彼女はナポリに嫁ぎ、ナポリ・シチリア王妃になるわけですが
そもそもカロリーネはルイ16世のお妃候補と考えられていたようです。


ナポリ王妃候補には、8女のガブリエーレが予定されていました。
がしかし病気で亡くなり、9女のヨーゼファがその代わりとなるところでしたが
彼女も早折したためカロリーネに回ってきた、ということです。


そうしてアントワネットはルイ16世妃となったのでした。



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アントワネットは、子供の頃 「アントーニア」 または 「トワネッテ」
はたまたフランス語風に 「トワネット」 と呼ばれていたようです。



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「トワネット」 時代、彼女は年齢の近かった兄弟たちと
ホーフブルクやシェーンブルンで過ごしました。



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アントワネットも間違いなくここに立ったであろう、そして眺めたであろうという景色を前にするといつもいいようのない思いに捕われる私です。



そしてルイ16世との結婚が決まると
アントワネットのフランス語上達のため、宮廷内は母国語であるドイツ語は禁止となり
彼女はフランス語読みで 「アントワネット」 と呼ばれるようになりました。



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ここも走り回ったのかな??



アントニアからアントワネットとなり
14歳半でフランスへ嫁いだ彼女は
オーストリアで過ごした幸せな幼少時代を忘れることなく
プチ・トリアノンの庭園は彼女にとって
思い出深い景観に仕上がっています。


亡くなったお姉さんたちが生きていたら
アントワネットの人生は違ったものになったのだろうなあ
そうすると私はここまでアントワネットを好きになることは
なかったかもしれないな、とついつい考えてしまいます。



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写真はすべて2008年5月のオーストリア旅行時のもの ♡



アントワネットはここで生まれ、ここからフランスへ旅立ったんだなぁと
撮った写真を眺めながらしみじみした彼女の誕生日でした。








参考文献  「ロココの花嫁 マリー・アントワネット ベルサイユへの旅路」
         ケーラー・鹿子木美恵子著  叢文社


        「Trianon : le domaine privé de MARIE-ANTOINETTE(仏語)」  
        Christian Duvernois 著 François Halard 写真  ACTES SUD 社

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by pinkfleur | 2010-11-02 19:30 | アントワネット関連・人・事