ヴェルサイユの花 ~Fleur de Versailles~                         

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カテゴリ:パリ( 11 )


2011年 07月 14日

7月14日  - Le Quatorze Juillet - 

今日は7月14日 フランス革命勃発の日  フランス国民の祝日  

うっかり忘れるところでした。(実際のところ関係ないけど・笑)

フランスでは革命記念日とは言わず単に 「7月14日」 と言っています。


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昨年も使った写真だけど、ヴィトンのフランス国旗(風)。


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一昨年の7月、フォンテンブローの訪問の翌日が14日だったため
せっかくなので帰国日を変更して軍事パレードを見学することに。
でも結局疲れが出て寝坊...。パレードが始まる凱旋門へと急いでいるとサルコジ大統領を乗せた車が。

窓から手を振り微笑むサルコジ大統領。

結果こんなに近くで大統領を見ることになるなんてまったく想像していなかっただけに、本当にびっくりー。笑 
(去年と同じこと書いてる...。苦笑)


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ここはパリのメトロ、バスチーユ駅構内。 これは現存するバスチーユの基礎の部分。  
残っている部分が展示されています。 (この写真は2008年秋のもの)
落書きは本当に万国共通。 
まぁさすがに 「バスチーユ」 そのものには書かないんだね。よしとしましょう。


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バスチーユ襲撃の模様。 白旗が見えますね。


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こういう昔の地図が欲しいなぁ・・・。(地図好き)


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おばあさんが孫達に熱心に説明していたのがとっても印象的でした。
こうして語り継がれていくのですねぇ・・・。



ちなみに軍事パレードの写真は昨年の方が多いです。
よければこちらからどうぞ。
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by pinkfleur | 2011-07-14 23:55 | パリ
2010年 09月 30日

雨の日のランチ


今日のランチでした。


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・・・と言いたいところですが、2年前の秋のパリでのランチです。

この時のパリ旅行は、秋雨のパリ、雨に煙るパリ・・・

などという言葉がぴったりなくらい、雨がよく降りました。



雨が降るといつも思い出すのが、このランチをいただいた日のこと。

しとしと降る雨の中、歩いた街の景色や、傘に当たる雨音が蘇って来ます。



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当初ガイドブックで見つけて、一度行ってみたかったスープのお店 (ここ ↑ )を

訪ねたところ、すでに全スープが売り切れ状態。

えぇ~~~っと残念がる私に、店員さんが申し訳なさそうに

空っぽになったズン胴(鍋)を私に見せてくれたのですが

私にとっては 「傷に塩」 状態・・・。 

・・・いつか行ってみたいお店です。



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泣く泣く出たスープバー

壁の左側、パックマン?



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もうこうなったらとにかくスープ!絶対スープ!

スープで頭を一杯にして、寒さと空腹に震えながら

歩くうちに見つけた一軒のカフェ。

トップの写真のランチにありつけたのでした。

スープだけだと物足りないしってことで2品頼んだ次第。

ちょっと量が多くなってしまったけど (私旅行中はしっかり食べるタイプ)

でも、と~~ってもおいしかったです。



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若いムッシューもとっても親切で、身も心も温まったランチでした。
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by pinkfleur | 2010-09-30 23:48 | パリ
2010年 07月 14日

Le Quatorze Juillet 

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7月14日 フランスでは国民の祝日 
ルイ・ヴィトンも三色旗でお祝い。 真ん中ちゃんと V になってる!(笑) オシャレ! 

昨年2009年7月14日パリにて。



今から211年前の今日、1789年7月14日
フランス、パリのバスティーユ監獄がフランス市民軍によって襲撃されました。
いわゆる フランス革命勃発 の日です。



この日のことを日本ではパリ祭といったりするようですが
フランス人に 「今日はパリ祭ですね。」
なんて言っても 「はぁ?なんでっかそれ」 ってなります。



Le Quatorze Juillet 

quatorze は14 juillet は7月

ということで単に7月14日と、この日のことを呼ぶそうです。



昨年夏のイタリア・フランス旅行中、せっかくなので7月14日を
パリで過ごそうということになり、帰国日を変更、
旅のシメにシャンゼリゼの軍事パレードを観て帰ることにしました。



革命記念日にパリで過ごしてみたかったけど、
私にとってはちょっと複雑(笑)だったりして避けてました。(笑)



前日13日の夜、フランス革命関連番組がTVで放送されていました。



本当なら喜んでまばたきするのも惜しみながら
TVにかじりついていたところですが



明日のパリ最後の一日を、元気にめいっぱい楽しむために
早く休まないといけないと思いながらベッドに横になり
何より長旅の疲れが溜まっていた私は
うつらうつら、半分白眼を向いて(笑)観ていました。



その番組は、バスティーユ襲撃やルイ16世、
マリー・アントワネットの処刑の模様を描いた絵に
ギロチンの歯の落下する音とその後を想像させる衝撃音を
かぶせた映像を、ナレーションと共に延々繰り返し放送していました。



高揚感から眠りの浅かった私は、
TVから聴こえてくる恐ろしいギロチン落下音と衝撃音に起こされ
さらに画面に映ったマリー・アントワネットの肖像画に
さすがの私も(真夜中・夫爆睡中)恐怖を感じてしまいました。(笑)
ごめんね、マリー・アントワネット!
何せ怖がりなもので。(笑)



結局翌朝少々寝坊した私たちは、それでもしっかり朝食を採り
ホテルに荷物を預け、いざ シャンゼリゼ へ!



案の定すいすい、シャンゼリゼに行けるわけもなく(警官やバリケードだらけ)
シャンゼリゼから確か1本入った道を、ふてくされ気味で歩いていると
なんとサルコジ大統領を乗せた車がやって来たではあ~りませんか!
(チャーリー浜風に・古!笑)
(プレジドン・サルコジの別荘はヴェルサイユ、そして住居はエリゼ宮・・・ええな~)



私たちの真横を、窓を開け、笑顔で手を振りながら通り過ぎるプレジドン・サルコジ。



ちょっとお疲れのようでした。 ま、我々も疲れてたけどね。 
だけど旅の記念に、パレード(含むプレジドン・サルコジ)見たさ、
体力振り絞って帰国日変更したわけさ。



フランス大統領がシャンゼリゼを通るところは見れなかったけれど
その後のパレードは存分に楽しめました。



以下、昨年2009年の写真です。


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世の中につまらない景観などありませんわね。 こういう凱旋門もいかが?


この旅行では毎日毎日、凱旋門をこの角度から見て
一日の始めと終わりを過ごしておりましたので、ことのほか愛着が湧きました。


こうして写真を見ているとなぜか凱旋門に

元気ですかー!ダー!

と聞いてみたくなるほど 「愛しい」 眺めでございます。


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軍機も誇らしげに、そしてあっという間に飛んでいきました。


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次から次へと・・・ とてもカッコよかった。


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フランスは軍事国家であることを再認識。


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夫はテンション上がっておりました。


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祝典が終わりパーティー会場のエリゼ宮に皆様行ってしまった後のコンコルド広場


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舞台裏を見れて大・満・足!


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我が日本国の車


大使をエリゼ宮に送り届けた後のようです。


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運転手さんカメラ目線です。


シャルル・ドゴール空港から、まさしく飛行機に乗る寸前
エッフェル塔の花火が夜空を彩っているのを観ることができました。



ああ、最後の最後にプレゼント・・・。(誰から?) うる。



この目に焼きつけるぞ!とあえて写真は撮らず・・・。



今でもあの花火の美しさは ハッキリ 残っています・・・。



私たちの前に並んでいたフランス人親子に
「マダム」と言って窓の方を指差しましたら
子供が花火を観ながら 
「オー キャトーズ ジュイエ~!」 と叫んでいました。


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夕方のコンコルド広場からシャンゼリゼ、凱旋門への道。



パリで一番美しい景色かもしれません。
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by pinkfleur | 2010-07-14 23:20 | パリ
2010年 07月 09日

中世美術館 - Musée national du Moyen Âge -


あ!昨年の今頃はパリだった! 

んじゃ今日と同じ日、どこにいたのかなと写真のデータをチェックしたところ

ここにいましたわ。

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中世美術館  - Musée national du Moyen Âge Thermes et hôtel de Cluny -


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美術館はブルゴーニュのクリュニュー修道会・修道院長の別邸として14世紀に建てられたもの。

ゴシック後期とルネサンス期の建築が合わさった美しい建造物。

15世紀に再建されて現在の形になりましたとさ。


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この時の旅行はローマからパリ入りしました。


ローマの遺跡を見て来た私達にとって(特に私は)もううんざり!

風呂場跡が何でそんなに騒がれるわけ??  

古代ローマ人が優秀だったとか、一体いつの話やねん。 

今はどないなん??



それはさておき、ここに来た目的は・・・。



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人間の五感をテーマにした6枚の連作からなるタピスリー 


「貴婦人と一角獣 - La Dame à la licorne -」 を観るため!


こちらはその中の 味覚


貴婦人が、侍女の持つ杯からドラジェ(お菓子)をつまんでいます。



15世紀、パリでデザインされフランドルで織られたこのタピスリーは
 
19世紀、小説家プロスペル・メリメ (著作カルメンなど・彼は文化財保護技監として

歴史的建造物や遺跡などを調査・修復した) によって発見され

作家ジョルジュ・サンドが自身作「魔の沼」の中で

このタピスリーを賞賛したことから、一躍有名になりました。



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聴覚


貴婦人がオルガンを弾き、動物たちがその音色に酔いしれています。



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こちらは 視覚


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一角獣が貴婦人の膝に前脚を掛け、彼女が持つ鏡に映る自分自身を覗いています。

貴婦人はえらいブサイク(なんで?)に見えるんですが、一角獣の愛らしいこと!



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嗅覚


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花輪を持つ貴婦人がメッセージを放っているわけではなく


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左端のこの猿ですわ、主人公は。 猿が花の匂いを嗅いでいます。


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せっかくなのでライオンくんもアップでよろしく。



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触角


貴婦人が右手で旗を持ち、左手で一角獣の角に触れています。



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そして最後の6枚目 - A mon seul désir -  我が唯一の望みに


テーマが明確でなく謎が多いとされています。


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他の5枚のタピスリーで貴婦人は首飾りを着けています。

ここでは貴婦人が首飾りを手にしているため、

首飾りを着けようとしているのか、宝石箱にしまおうとしているのかわかりません。

ということから、このタピスリーが物語の最初なのか終わりなのか

と言われていますが、どちらなのでしょうか。


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人間の基本の五感にプラス欲望、という見方もできます。

désir を欲望と訳すか望みと訳すか・・・。



これらのタピスリーは、当時の有力者ジャン・ル・ヴィストが娘の結婚祝いに織らせ、

「愛」を意味しているというエピソードも残っています。



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パリ左岸カルティエ・ラタンもまた趣きのある界隈です。


右岸をウロウロすることの多い私ですが、もちろん左岸の雰囲気も大好きです。




中世美術館

Musée national du Moyen Âge
Thermes et hôtel de Cluny

6, place Paul Painlevé 75005 Paris
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by pinkfleur | 2010-07-09 23:40 | パリ
2010年 04月 28日

サン・ドニ大聖堂 - La Basilique cathédrale royale de Saint-Denis -


昨日からの雨が、いまだしとしとと降り続いています。

雨の中マリー・アントワネットの眠る
「サン・ドニ大聖堂」に行ったことを思い出しました。

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ゴシック建築の原型ともいわれるサン・ドニ大聖堂
その名は守護聖人、聖ドニに由来します。


ここサン・ドニ大聖堂にはフランス王家の霊廟があり
フランス革命時暴かれましたが、革命後に修復
王族の遺骨や歴代国王の心臓などが納められています。


1815年1月21日、ルイ16世の22回目の命日に
マドレーヌ墓地で発掘されたルイ16世と
マリー・アントワネットの遺体はここサン・ドニに埋葬されました。


2000年4月DNA鑑定によりルイ17世と証明された
ルイ・シャルルの小さな心臓もここに納められています。


-2008年パリ旅行第9日目-


2008年11月1日土曜日の朝、私はこの日
ヴェルサイユに行くかサン・ドニに行くか
正直決めかねていました。
雨のヴェルサイユに気乗りしなかったからです。


帰国日は火曜日。
あともう一度ヴェルサイユに行っておきたかった私。
月曜日は宮殿が休み、となると今日の土曜日か日曜日。


いつ何があるかわからないフランス。急なストもあり得る。
やっぱり今日しかないと思いながらも
モヤモヤ感いっぱいの心持でアパルトマンを出発
秋雨に震えながらRER・C線 Pont-de l’Alma 駅に
向かいました。


この駅からヴェルサイユ・リヴ・ゴーシュへは乗り換えなしで
約20分ちょいぐらいで着いてしまいます。非常に便利です。


しかしこの駅で切符を買うのは要注意です。
改札がある地下には切符売り場がありません(2008年の話ですが)。
下まで降りてから、また階段を昇るはめになります。


切符は地上のほったて小屋のような建物の有人切符販売所か
もしくは同じく地上にある自動券売機で購入します。


チケットとヴェルサイユ宮殿の入場券がセットになった「フォルフェ」
(*現在は販売されていません)を購入しようと、ほったて小屋に。


中は窓口にでんと座った無愛想なSNCF女性職員がひとり。
他にお客さんはいません。


私 「ボンジュール。ヴェルサイユへ行きたいので一人分のフォルフェ シルヴプレ」

パリジェンヌ 「明日の第一日曜日は入場無料だから行くなら明日にしたら?」


微妙な彼女の提案に、モヤモヤが吹き飛び心が定まりました。
そうだった、第一日曜日は入場料無料! ← そこ?! 
万が一、明日ストが起こっても月曜日に庭園に入れればいい。


私 「わかった!明日にするわ。ありがとう。オヴァ(さよなら)」

パ 「オヴァ~!」


行き先をサン・ドニに変更!
メトロ路線図を眺め、ちょっと歩くけどアンヴァリッド駅からなら
サン・ドニ駅までメトロで一本、ということで
メトロ13号線アンヴァリッド駅へ(・・・かなり歩きました)。

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歩きながらナポレオンが眠る「アンヴァリッド」を
遠くに拝みます。


電車に揺られること30分程で Basilique de St-Denis 駅に到着。
終点 ST-DENIS UNIVERSITÉ のひとつ手前です。


サン・ドニはサッカーのサン・ドニスタジアムがあり
移民も多く住むパリ郊外北部の工業都市。


マリー・アントワネットに興味のある人が訪れる場所というのは

ヴェルサイユ宮殿
コンコルド広場&チュイルリー庭園
コンシェルジュリ  

といった所でしょうか。


しかしサン・ドニ大聖堂は、彼女を偲ぶ場所としては
足が遠のいてしまっているような気がします。


マリー・アントワネット本人が眠っているのに!


ガイドブックにもよりますが王家の霊廟の説明が
なかったりして今ひとつ認知度が低いことと
メトロが走っているのに「郊外」ということも関係がありそうです。


かくいう私もサンラザール駅を過ぎたあたりから
車内に黒人が増え始めたため、緊張が走り
前回25歳で訪問した時よりも(何年前だ??)
サン・ドニ駅で降りた途端、黒人の多さに
移民が増えていると確信した次第です。


それはさておき
サン・ドニ大聖堂は教会であり墓所であるわけですから
神聖な場所とわきまえなければなりません。

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大聖堂内。 ああ、こんなだったっけ・・・。
何せ何年も前のことなので記憶が薄れています。


以前は目もくれなかったアンリ2世やカトリーヌ・メディシスなど
歴代国王・王妃らを模った彫像が並んでいますが
お墓といった感じはしません。

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ブルボン家の紋章 ユリの花


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ルイ16世とマリー・アントワネット像


そして地下へ


前回と同じようにマリー・アントワネットや
ルイ16世のお墓の前で手を合わせました。
躊躇しながらもごめんなさいと、写真を撮ってしまいました。


今回の目的はルイ17世の墓碑に手を合わせること。


2つのかわいらしい子供の彫像が向かいあっています。

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ルイ17世(享年10歳)の墓碑と


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彼の兄ルイ・ジョゼフ・グザヴィエ(享年7歳)の墓碑です。
アントワネットとルイ16世の長男です。


ルイ17世の墓碑の下には彼を証明することになった
大切な心臓が納めらていました。


世界中から手を合わせに来る人が絶えません。


私もあちらこちらでたくさん手を合わせ、祈り
そしてまた来ます、とサン・ドニを後にしました。

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-2008年パリ旅行記 9日目 終-



雨が降ると、サン・ドニ大聖堂の情景を
思い出すようになってしまったぐらい
雨に煙る聖堂は美しかったです。




サン・ドニ大聖堂(サイトはこちら・日本語あり)
メトロ13号線 Basilique de St-Denis 駅下車

 
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by pinkfleur | 2010-04-28 19:10 | パリ
2010年 04月 22日

マルゼルブ通り


パリのマルゼルブ通りをご存知でしょうか。

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マルゼルブ通り (2008年4月訪問時撮影) 
奥に見えるのは聖オーギュスタン教会(仏語読みだとサントーギュスタン教会)
Église Saint-Augustin
                   

マドレーヌ寺院から北西にサントーギュスタン教会を経て
メトロ3号線マルゼルブ駅まで延びている大きな通りです。


この通りの名は、革命政府による国王ルイ16世の裁判において
国王の弁護を務めた「マルゼルブ氏」にちなんで名付けられました。



フランス革命当時の1794年、216年前の今日4月22日
マルゼルブ通りの由来となった人物、
クレチアン=ギョーム・ラモワニョン・ド・マルゼルブが
コンコルド広場の断頭台で72年の生涯を閉じました。


この日マルゼルブは、長女アントワネット・テレーズ・マルグリットと
その娘(マルゼルブの孫)アリーヌ・テレーズとその夫シャトーブリアン
(作家シャトーブリアンの兄)と共に処刑されました。
反革命文書を隠匿していたという罪で。


しかもマルゼルブは彼等(娘、娘夫婦)の処刑を見届けさせられ
最後に断頭台に登ります。 ・・・想像するに堪えません。


その二日前には長女アントワネットの夫ロザンボが
そして5月10日にはマルゼルブの姉セノザン夫人アンヌ・ニコルが
ルイ16世の妹マダム・エリザベトと共に断頭台の露と消えました。



マルゼルブの存在を知ったのは今から十数年前「ルイ16世幽囚記」を読んで。


すでに隠居生活を送っていたマルゼルブは
ルイ16世の裁判が行われることを知ると、自ら国民公会に手紙を書き送り
国王の弁護を申し出、弁護人となりました。


私はルイ16世にこういう人がいてよかったなぁなどとのん気に思っただけで
マルゼルブのその後が特に気になったわけではありませんでした。



その後、今から数年前、書店でパリの「通り」を紹介していたガイドブックを手にし
マルゼルブの名にちなんだ通りがあるということを知りました。


さらに我が目を疑いたくなるような事が記されていて愕然としました。


マルゼルブ本人と、そして彼の家族までもがギロチンの刑に処され
革命の犠牲者となったとあるのです。


王党派とみなされ処刑されたのです!


その後、国王の弁護という危険な任務を恐れず命を賭した彼を称えた
「マルゼルブ通り」が誕生したのでした。マルゼルブ駅も同様です。
 

ショッキングな事実に革命の恐ろしさを再認識したような
そんな思いで一杯になりました。


そして今度パリに行ったら、必ずマルゼルブ通りを歩こうと誓い
実践した次第です。


さらに彼について知りたいと読んだ本
「木崎喜代治著 マルゼルブ フランス十八世紀の一貴族の肖像」
マルゼルブが単なる王党派ではなかったことがわかった一冊です。



マルゼルブは1721年12月6日
フランスの法服貴族の名門ラモワニョン家の5人目の子供としてパリで誕生。


17、8世紀の貴族の館が多く残るマレ地区に私は渡仏の際、必ず訪れます。
カルナヴァレ博物館などがありますし、またこの界隈はおしゃれです。


このカルナヴァレ博物館とフランブルジョワ通りを隔てた彼の生家は現存し
現在ではパリ歴史図書館となっています。 


それがこちらです。 通称ラモワニョン館。

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(2008年10月訪問時)

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マルゼルブはルイ15世の治世下で、出版統制局長、租税法院院長
そしてルイ16世の下では、二度大臣職に就いています。


彼は王党派ではなく民主主義を訴えた反権力側の人間でした。


出版統制局長時代は、革命的思想の啓蒙思想家たち
ヴォルテール、ルソー、ディドロなどの著作物に出版許可を出し
彼のもとで刊行されています。


*皮肉にもマリー・アントワネットもルソーの自然回帰主義に
影響を受けます。


そして租税法院院長として、税制度の改革や絶対王政を批判し
特にルイ15世からは疎まれています。


重税に苦しむ国民と財政難の国家再建のため
王政の抜本的改革を唱え続けたマルゼルブ。


果たして彼の尽力は実を結ばないまま革命は起こり
ルイ16世の裁判では、彼をよく知る自分が弁護するべきであると
そしてすでに国王ではない一市民であったからこそルイ16世の
弁護を引き受けたのではないかと、私にはそう思われます。


亡命中のルイ16世の弟プロヴァンス伯からの呼び寄せに応じず
マリー・アントワネットや王妹エリザベトの弁護をも
引き受ける心づもりいたマルゼルブ。


王の弁護人を尊敬し褒め称える風潮をおそれた
革命政府はマルゼルブを、真の国民の味方を抹殺してしまいます。



マルゼルブ一家が逮捕された際、一家の逮捕に納得のいかない住民たちは
護送車の後を追ったそうで、彼がいかに好かれていたことがわかります。


また牢獄内では自分よりもっと年寄りに自分の部屋を譲ったりなど
心根の優しい人でした。



刑場に向かうためコンシェルジュリから出る時
つまずいて倒れそうになったマルゼルブが最期に言ったとされる言葉


「悪い前兆だ。ローマ人だったら引き返すのに。」



引き返すさずに前に進んだマルゼルブ 革命政府は彼の何を恐れたのでしょうか。

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Chretien-Guillaume de Lamoignon de Malesherbes1721年12月6日-1794年4月22日



ラモワニョン館 パリ市歴史図書館
Hôtel de Lamoignon - Bibliothèque Historique de la Ville de Paris -
24 rue Pavée, Paris 75004 Paris
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by pinkfleur | 2010-04-22 23:58 | パリ
2010年 02月 28日

コンシェルジュリーの時計


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パリ シテ島にあるコンシェルジュリーの時計



屋外に設置された時計としては、パリ最古の時計。



アントワネットが、ここからコンコルド広場へ向かう時も見ていたのでしょうか。



歴史の証人は、今も正確に時を刻んでいます。 
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by pinkfleur | 2010-02-28 23:00 | パリ
2009年 12月 07日

凱旋門  - L'Arc de Triomphe


EU旗

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2008年7月から半年間フランスはEU議長国で、凱旋門にEU旗が掲げられていました。
写真は、昨年秋に訪れた時のもの。


EU旗には12の星が描かれていますが、加盟国数が変わっても、星の数は変わりません。
完璧、充実を象徴する古代ギリシャの円を表し、12という数は、完全という意味があるそうです。
ギリシャ神話の12神と関係しているのでしょうか・・・。

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ルーブル美術館、ヴェルサイユ宮殿などなどが、スト(grève)・・・・・。
日本からだと、ちょっとやそっとで行けないわけだし、せっかく来たのに・・・!
と、私だったら強行突破か、暴れる・・・ことはしなくても、それぐらいショックな出来事。


芸術鑑賞が観光だけではないにしても、リゾート地への観光とは、違う。
私はリゾート地には、あんまり行きたいとは思わない。
ましてや、住むなんて考えられない。絶対いや。・・・ってこういう話があるわけではありません(笑)


そこで生まれ育ったわけではないので、たま~~に行くからリゾートなのであって・・・。
とはいえ今までも、サイパン、プーケット、ハワイ(ハワイは2度、最近では4年前)に行っている。
のんびりできて気持ちいいけど、飽きてしまうんだよね。
サイパン、ハワイ(1度目)は10代、プーケットは21,2歳・・・若かったから、それなりに楽しかった。


でも、プーケットのビーチで、現地の女性にマッサージをしてもらったけど、あまりいい気分のものではない、と感じた。
マッサージそのものや、その女性に対してではなく、タイ人に対して上から目線的になりそうな環境が、いやだった。
最初はそういう感覚がなくても、現地の人達のせいではないけど、明らかに勘違いをしてしまいそうになる。
単なるお客→タイ人マッサージ師  ではなく、  金持ち→奴隷(は極端かもしれませんが)のような感じがして。


もちろん、そういうつもりで接してはいませんが。
現地人も、欧米や日本からの観光客で豊かになるから、卑屈になどはならないのだろうけど。
逆にモナコなどでは、自分が引いてしまうんじゃないかな、と思う。アジア人には似合わない気がして。


日本人は、奴隷制度と言われてもピンとこない。よその国のこと、と考えてしまう。
だけど、欧米にはれっきとしてあった。植民地もある。
現地の人々も今更独立・・・というのも難しいことでしょう。
フランスは好きだけど、植民地を多く有する国。


タヒチに私が行くことはないでしょうね。(笑)
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by pinkfleur | 2009-12-07 00:19 | パリ
2009年 10月 24日

ラデュレ  - LADUREE -


一昨日アンジェリーナに行ったので、今日はラデュレ・・・といきたいところですが、写真で我慢(笑)!

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昨年2008年11月、帰国日前日にひとりで訪れました。
その前日の夜、行ったときは雨の降る中、並んでもいつ入れるの?というぐらいの人が並んでいて、あきらめたのでリベンジ。
この日も予約なしだったけど、わりと早く案内してもらえました。女性の接客係の方がすばらしかった。


メインとデザートを選ぶコース・・・携帯のカメラで。後で食べたマカロンも撮るべきだった!
せっかく(?)なのでワインも赤白一杯ずついただきました。店内は平日の昼間ということもあり、マダム達でにぎわっていましたね。
しばし優雅なひと時を過ごし満足!メインもマカロンももちろん大満足!!!

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シャンゼリゼをお散歩。

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凱旋門 きみはいつもそこにいるね、って当たり前!

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いろいろあって3度も足を運んだ fnac ・・・。ここも並ぶので旅行者にはきついわ・・・。

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お腹もいっぱいになったことだし、コンコルド広場まで歩きましょう!← かなり距離あるよ!

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・・・と、思い出してみた。今ちょうど同じような景色なのかな~ ・・・美しいね、パリはいつも。
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by pinkfleur | 2009-10-24 21:39 | パリ
2009年 10月 20日

バスチーユ広場  - Place de la Bastille -

バスチーユ広場の塔(革命記念柱っていうのかしら?) 2009年7月13日
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バスチーユ広場
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アップにして見ると・・・
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けっこう引き締まった体ですな!(ちょっとわかりづらくて、ごめんなさい)
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バスチーユ広場を後にし、ランチのお店に向かっていると、モデルさんが・・・
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エキゾチックな雰囲気で、とてもきれい。
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暑い中、おつかれさまです。
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by pinkfleur | 2009-10-20 19:56 | パリ