2011年 10月 16日 ( 1 )


2011年 10月 16日

マリー・アントワネットの遺書 Le testament de Marie-Antoinette

10月16日 今日はマリー・アントワネットの命日です。



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                                  マリー・アントワネットの遺書(処刑前、義妹マダム・エリザベトに宛てた手紙)




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先日から今日のために、彼女の遺書を(フランス語の原文のまま)読んできました。
辞書に助けられました。


フランス語で理解したい、という夢が完璧ではありませんが叶いました。


今日は彼女の遺書を載せたいと思います。


そして拙い私の訳ではありますが、そちらも載せてみました。
読んでいただければ嬉しいです。


何か検索されていて、私のブログに飛んできてくださった方は
きっとマリー・アントワネットに興味がある方だと思っています。






- マリー・アントワネットの遺書について -

1793年10月16日12時15分 現在のコンコルド広場にて
処刑されたマリー・アントワネットが夫であるルイ16世の妹
マダム・エリザベトに宛てて書いた手紙のことを指します。


1792年8月タンプル塔に幽閉された国王一家
<ルイ16世、アントワネット、エリザベト、マリー・テレーズ(娘)、ルイ・シャルル(息子)>は
翌1793年1月ルイ16世が処刑され、7月ルイ・シャルルが家族から引き離され
8月にはアントワネットがコンシェルジュリ監獄に移送されました。


そして10月14日から2日間にわたる裁判の末
10月16日午前4時過ぎ、死刑判決が出た直後彼女は
1789年革命勃発以降、国王夫妻のもとに残り苦労を共にした
義妹マダム・エリザベトに最後の手紙を書きます。


この時、アントワネットは38歳になる直前、エリザベトは29歳でした。


手紙は縦23.5cm 横19cmの紙に書かれ
最後は力が尽きたのか、見張りの衛兵に止められたのか
結びの言葉がありません。


しかし読んでほしかった義妹エリザベトには届かず
エリザベトも翌1794年5月に処刑されます。
しかも息子のルイ・シャルルもタンプル塔内で亡くなります。
生き延びたのは娘のマリー・テレーズ唯一人。


手紙はロベスピエールの手に渡ってしまいます。
ロベスピエール失脚・処刑後もなおも手紙は保管され続け
王政復古後の1816年にルイ16世の弟、ルイ18世の元に届きます。
ようやく手紙は陽の目をみます。
実に23年後のことです。


その後ルイ18世の命により毎年アントワネットの命日には
フランス全土の教会において彼女の遺書が朗読されました。



※ なお、原文中、フランス語の古語はそのままにしてあります。
例えば「ここ」という意味の ici が18世紀では icy なのでそのままにしています。
また彼女のスペルミスや現代文法との違い(?)の様なものも見受けられましたが
スペルミスは誰にでもあり、まして彼女の精神状態を考えると無理もなく
原文を尊重し、私の目で確認できたものは原文のままに致しました。


※ 下記の冒頭日付の 8bre は octbre(10月)のこと。
ラテン語で oct は 8 の意味。







Ce 16 8bre, 4heures ½ du matin


C'est à vous, ma sœur, que j'écris pour la dernière fois,
je viens d'être condamnée non pas à une mort honteuse,
elle ne l'est que pour les criminels,
mais à aller rejoindre votre frère.


Comme lui innocente, j'espère montrer la même fermeté
que lui dans ces derniers moments.


Je suis calme comme on l'est quant la conscience ne reproche rien,
j'ai un profond regret d'abandonner mes pauvres enfants ;
vous savez que je n'existais que pour eux,
et vous, ma bonne et tendre sœur,
vous qui avez par votre amitié tout sacrifié pour être avec nous,
dans quelle position je vous laisse.


J'ai appris par le plaidoyer même du procès
que ma fille était séparée de vous.
Hélas la pauvre enfant, je n'ose pas lui écrire,
elle ne recevrait pas ma lettre,
je ne sais même pas si celle-cy vous parviendra,


recevez pour eux deux icy ma bénédiction.
J'espère qu'un jour lorsqu'ils seront grands,
ils pourront se réunir avec vous et jouir en entier de vos tendres soins.


Qu'ils pensent tous deux à ce que je n'ai cessé de leur inspirer,
que les principes et l'exécution exacte de leurs devoirs sont la première base
de la vie, que leur amitié et leur confiance mutuelle en feront le bonheur ;


que ma fille sente à l'âge qu'elle a, elle doit toujours aider son frère
par les conseils que son l'expérience qu'elle aura de plus que lui
et son amitié pourront lui inspirer ;


que mon fils, à son tour, rende à sa sœur tout les soins,
les services, que l'amitié peut inspirer ;
qu'ils entent enfin tout deux que, dans quelque position où ils pourront se trouver,
ils ne seront vraiment heureux que par leur union, qu'ils prennent exemple de nous.
combien dans nos malheurs, notre amitié nous a donné de consolations,
et dans le bonheur on jouit doublement quant on peut le partager avec un ami.
et où en trouver de plus tendre, de plus cher que dans sa propre famille.


que mon fils n'oublie jamais les dernier mots de son père que je lui répète
expressément, qu'il ne cherche jamais à venger notre mort.


J'ai à vous parler d'une chose bien pénible à mon cœur.
Je sais combien cet enfant doit vous avoir fait de la peine.
pardonnez-lui, ma chère sœur, pensez à l'âge qu'il a,
et combien il est facile de faire dire à un enfant ce qu'on veut,
et même ce qu'il ne comprend pas,
un jour viendra, j'espère, où il ne sentira que mieux tout le prix
de vos bontés et de votre tendresse pour tous deux.


Il me reste à vous confier encore, mes dernières pensées.
J'aurais voulu les écrire dès le commencement du procès ;
mais outre qu'on ne me laissait pas écrire, la marche en a été si rapide,
que je n'en aurais réellement pas eu le temps.


Je meurs dans la religion catholique, apostolique et romaine,
dans celle de mes pères, dans celle où j'ai été élevée,
et que j'ai toujours professée, n'ayant aucune consolation spirituelle à attendre,
ne sachant pas s'il existe encore icy des prêtres de cette religion,
et même le lieu où je suis les exposerait trop s'ils y entraient une fois.


Je demande sincèrement pardon à Dieu de toutes les fautes
que j'ai pu commettre depuis que j'existe.
J'espère que, dans sa bonté, il voudra bien recevoir mes derniers vœux,
ainsi que ceux que je fais depuis longtemps pour qu'il veuille bien
recevoir mon âme dans sa miséricorde et sa bonté.


Je demande pardon à tout ceux que je connais et à vous, ma sœur,
en particulier, de toutes les peines que, sans le vouloir, j'aurais pu vous causer.
Je pardonne à tous mes ennemis le mal qu'ils m'ont fait.
Je dis icy adieu à mes tantes et à tous mes frères et sœurs.


J'avais des amis, l'idée d'en être séparée pour jamais,
et leurs peines, sont un des plus grand regret que j'emporte en mourant,
qu'ils sachent au moins que jusqu'a mon dernier moment,
j'ai pensé à eux.


Adieu, ma bonne et tendre sœur ; puisse cette lettre vous arriver.
Pense toujours à moi je vous embrasse de tout mon cœur,
ainsi que ces pauvres et chers enfants,
mon Dieu qu'il est déchirant de les quitter pour toujours.


Adieu adieu Je ne vais plus m'occuper que de mes devoirs spirituels.
Comme je ne suis pas libre dans mes actions, on m'amènera peut-être,
un prêtre mais je proteste icy, que je ne lui dirai pas un mot,
et que je le traiterai, comme un être absolument étranger.







10月16日午前4時半


妹よ、あなたに最後の手紙をしたためています。
たった今、私は死刑判決を受けてきたところです。
死刑は犯罪人にとってのみ恥ずべきもので
私にとっては、あなたの兄上に会いに行くようにという判決なのです。


あの方と同じく無実の私は、最後の時にやはりあの方と同じように
毅然とした態度を示したいと思っています。
良心に咎めるものが何もない人がそうであるように、私も平静です。


哀れな私の子供たちを残していくことが心残りでなりません。
ご存知のとおり私は子供たちと、そして善良で優しい妹よ、
あなたのために生きてまいりました。


友情からすべてを犠牲にして私たちと一緒に留まってくれたあなたを
なんという境遇に置いていかなければならないのでしょう。


裁判の中で、娘があなたから引き離されたと聞きました。
ああ、なんてかわいそうな子なのでしょう。
私はあの子に手紙を書く気力はありません。
あの子は受け取らないでしょうから。
それにこの手紙でさえ、あなたに届くかどうかわかりません。


どうか二人の子供に代わって私からの祝福をお受けください。
いつか、あの子たちが大きくなって、あなたと一緒になり
あなたの優しいお世話を受けられるようにと願います。


二人は私がいつも言い聞かせてきたことを考えてくれますように。
それは義務を果たすことが人生において最も大切なことだということを。
互いに友情と信頼を寄せあえば幸せになれるということを。


娘は姉として、弟に優る経験と彼への愛情から、弟をいつも助けてあげますように。
息子も姉の優しい世話に対し愛情を持って応えてくれますように。


どんな境遇にいようとも、二人が仲良く力を合わせれば
本当に幸せになれるということをわかってくれますように。


私たちの例に倣ってほしい、不幸の最中にあって
互いの友情によってどれだけの慰めを得ることができたかを。
幸せなときは、それを友人と分かつことで喜びが2倍になるのです。
自分の家族以上に優しく大切に思える友人がどこにいるというのでしょう。


息子は私が何度も繰り返した父の最後の言葉を決して忘れないように。
私たちの死に対する復讐など決して考えないように。


あなたに話すのにとても胸が痛みますが
あの子がどれほどあなたを苦しめたのかわかっています。
彼を許してください。
妹よ、彼の年齢をわかってください。
子供が、自分が理解できないことでさえ
大人は望むことをいとも容易く言わせることができるのです。


いつの日か、息子があなたの愛情とその価値を理解する日が
来るものと思っています。


あなたにお伝えしておきたい最後の私の想いがまだ残っています。
裁判が始まったときから手紙を書きたかったのですが
それは許されませんでした。
それに裁判があまりにも早く進み、実際書く時間もありませんでした。


私は先祖伝来の、その中で育てられ信じてまいりました
神聖なるローマ・カトリック信仰のもと、死へ赴きます。


司祭による慰めが期待できないまま
また司祭がいらっしゃるのかどうかわかりませんが
いずれにせよ私のところに来ていただくのは
あまりに危険な目に晒してしまいます。


私は生まれてから今までに犯した全ての罪に対し
心から神に許しを乞います。


私の最後の願いが神のご慈悲によりお聞きいただけますように。
これまで長い間祈りを捧げてきたのと同じく
私の魂が神のご慈悲により許されますように。


私がみなさまに、とりわけあなたに、知らず知らずのうちに
与えた苦しみをどうかお許しください。


私に敵対する者が加えた危害を私は許します。


この場で叔母様方、兄弟姉妹のみなさまに最後のお別れを申し上げます。


私にも友達がありました。
永遠に会えないことを思うと、そして彼らの苦痛を考えると
死に臨んで最も心残りなことです。


最後の瞬間まで彼らのことを思っていたことを
せめてわかってもらえますように。


さようなら、善良で優しい妹よ。
どうかこの手紙があなたに届きますように。
いつも私のことを想っていてください。


あなたと、愛しい哀れな子供たちを心から抱きしめます。


神よ、彼らとの永久の別れは胸が引き裂かれる思いです。


さようなら、さようなら
後はもう、神に一切をお任せするだけです。


私には自分の望む自由はありませんから
おそらく宣誓司祭が連れてこられるでしょう。
でもここではっきり申し上げます。
その方とは一言も口をきかず、
全く知らない他人と接するようにふるまうつもりです。







※ マリー・アントワネットは娘がエリザベトと引き離されたと思ったため
手紙を書いても娘が(怒っていると思ったのか)受け取らないと思ったようです。


※ エリザベトに息子のことで謝っているのは
息子との近親相姦の嫌疑がアントワネットとエリザベトにかけられ
証人として息子ルイ・シャルルが強要された末、嘘の自白をしたことについてです。
(近親~はもちろん全くのでたらめ、でっちあげです)

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by pinkfleur | 2011-10-16 12:00 | アントワネット関連・人・事