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2009年 12月 20日

国立カポディモンテ美術館 4 - Museo e Gallerie Nazionali di Capodimonte -

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マリア・テレジア " Maria Theresia "  1717年5月13日 - 1780年11月29日


マリー・アントワネット、マリア・カロリーナのお母さんです。おっかさんといった風情の人です。


ここカポディモンテ美術館は、陶器博物館でもあり、膨大なコレクションが展示されています。


どこの美術館、博物館も一日では見きれません。ゆっくりじっくり鑑賞したい・・・。泊まり込みたいくらいです。


特にルーヴル・・・狙いを定めて行っても、途中あ、これ素敵!これも気になる・・・など横道に逸れたりして、加えて方向音痴、目的物を探して、閉館間際に館内を走り回らなければなくなる・・・そして半ば係員に追い出されるように、ルーヴルを後にする、のが恒例になってしまっています(笑)


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ベリー公妃 マリー・カロリーヌ " Marie Caloline "

ここでは先に彼女を紹介します。

彼女は、マリア・カロリーヌの次男、フランチェスコ1世・両シチリア王(ナポリ王国とシチリア王国の合併王国)の最初の妃マリア・クレメンティーヌ(マリア・カロリーヌの兄レオポルト2世の娘)との間の長女です。


彼女の両親はいとこ同士ということです。
マリア・カロリーナからすると、彼女は孫なわけです。


この孫が、次に紹介する

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ベリー公爵シャルル・フェルディナンド " Duc de Berry, Charles Ferdinand d'Artois "

ルイ16世の末弟アルトワ伯爵の次男である彼と、結婚します。


先にベリー公妃から紹介したのは、やはりここ、カポディモンテは彼女の実家なわけですしね・・・。


そしてこのベリー公は不幸なことに暗殺されるのですが、その時ベリー公妃はベリー公の子供を身ごもっていました。
その子供が後の、アンリ5世(シャンボール泊)です。


アンリ5世はフランス・ブルボン家の最後の男子、王位継承者でした。


彼の誕生は救いの子、奇跡の子として大変喜ばれました。


というのも、この時フランス・ブルボン家には、直系の男子王位継承者がいなかったのです。


ルイ16世夫妻の息子ルイ17世は死亡、次弟プロヴァンス伯夫妻には子供はいない。
末弟アルトワ伯の長男アングレーム公夫妻(公妃マリー・アントワネットの娘マリー・テレーズ)にも子供はなく、アルトワ伯の次男ベリー公夫妻には、女児はいたが、男児はいなかった。


そしてベリー公が暗殺され、ブルボン家はついに絶えるかと悲嘆にくれる中、マリー・カロリーヌの妊娠が判明、生まれた子供が男児であったため、大喜びされたということです。


けれども、アンリ5世に子供が出来なかったため、結局フランス・ブルボン家男子直系の血はここで絶えてしまいます。


私が注目したのは、フランスに嫁いだマリー・アントワネットの血ではなく、マリア・カロリーヌの血が、短い間とはいえブルボン家を救ったこと、そして長くなるので割愛しますが、カロリーナの血はブルボン家の好敵手オルレアン家にも流れ、男子継承が続いているということ・・・。


歴史とは、皮肉なものです。
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by pinkfleur | 2009-12-20 17:47 | イタリア